先日、上州伊勢崎佐波観音霊場を結願しました。
上州伊勢崎佐波観音霊場(じょうしゅういせざきさわかんのんれいじょう)とは、群馬県伊勢崎市をメインに太田市の1札所を含む34箇寺からなる観世音菩薩霊場で、「伊勢崎佐波三十四観音霊場」の別称があります。
開創は明和三年(1766年)。明治29年(1896年)に復興されたといい、さらに昭和63年(1988年)に再興されました。
昭和63年の再興は、伊勢崎市観光協会の設立にともなうもので、観光振興的な性格をもつ霊場であることがうかがえます。
札所は上州新四国八十八ヶ所霊場の札所を兼務される寺院が目立ちます。
伊勢崎、太田の両市は関東でも有数の御朱印エリアですが、これは上州伊勢崎佐波観音霊場(ないし東上州三十三観音霊場)、上州新四国八十八ヶ所霊場の多くの札所が今日なお御朱印を授与されていることによります。
札所宗派は真言宗(新義)がメインですが、臨済宗円覚寺派、曹洞宗、浄土宗、天台宗の寺院を含み多彩です。
パターンとしては御本尊が上州新四国霊場の札所本尊、観音堂御本尊が伊勢崎佐波観音霊場の札所本尊となっている例が多いです。
札所本尊は、聖観世音、十一面観世音、千手観世音、如意輪観世音、馬頭観世音と多彩で、変化に富んだ巡拝となります。
筆者は当初汎用御朱印帳に拝受していましたが、どちらかの札所(記憶があいまい)で専用納経帳を入手以降、専用納経帳(専用用紙)拝受に切り替えました。
現在、専用納経帳の頒布については不明ですが、入手できればこちらの使用の方が御朱印拝受はしやすいです。

霊場専用納経帳
形態は揮毫と印判が半々くらい。多くの札所で札所印もいただけます。
廃寺もありますが、現存寺院の護持・管理下に入っているので、御朱印は34札所すべて揃います。
ただし当霊場単独の札所寺院ではご不在も多く、御朱印コンプリートまでの道のりはなかなか困難です。
(現在、伊勢崎佐波観音霊場の巡拝者はかなり少ない模様。)


【写真 上(左)】 第1番.住吉山 地蔵院 延命寺
【写真 下(右)】 延命寺の掲示板


【写真 上(左)】 延命寺の御朱印(規定)
【写真 下(右)】 延命寺の御朱印(汎用御朱印帳)


【写真 上(左)】 第34番.小柴山 宝存寺 福寿院
【写真 下(右)】 福寿院の掲示板

福寿院の御朱印(規定)
それでも、個人宅授与(地域管理)がかなりある東上州三十三観音霊場にくらべると御朱印難易度はまだ低い方です。
なお、伊勢崎佐波観音霊場は伊勢崎市・佐波郡、東上州三十三観音霊場は桐生市、太田市、館林市、邑楽郡をエリアとし、このふたつの観音霊場で東毛エリアをカバーしています。
平成元年(1989年)、伊勢崎市観光協会・伊勢崎佐波観音霊場めぐり協議会により整備されたとみられる共通様式の霊場案内板がありますが、風雨にさらされ読解不能となっているものもあります。
観音霊場ですから午年御開帳が想起されますが、「伊勢崎佐波観音霊場 御開帳」でぐぐってもそれらしい記事はゲットせず、前回午年の2014年(平成26年)に御開帳したという情報も見つからないので、来年(2026年)の午年にも御開帳はないかもしれません。
伊勢崎は古墳が多く、古くから開けた土地で、茂呂氏、由良氏、赤堀氏、那波氏などの豪族の本拠として知られています。
新田義貞の本拠地に近く、新田氏ゆかりの寺院も存在します。
江戸時代には伊勢崎藩が立藩し、藩主稲垣氏、酒井氏ゆかりの寺院もあります。
このエリアは養蚕がさかんで、厚手で丈夫な太織や伊勢崎銘仙の産地としても発展しました。
ふるくから市には絹商人が集まり、売買の仲介や織物を製造する元機屋(もとはたや)が軒を連ねて賑わったといい、産業面でも歴史の香りゆたかな土地柄です。


【写真 上(左)】 第15番.菩提山 光蔵寺 宝幢院
【写真 下(右)】 宝幢院の御朱印(規定)


【写真 上(左)】 第18番.丘林山 浄土院 華蔵寺
【写真 下(右)】 華蔵寺の御朱印(規定)
伊勢崎佐波霊場札所の天増寺は稲垣氏、同聚院は新田義貞・酒井氏、退魔寺は茂呂氏とゆかりをもち、宝幢院は皇室守護祈祷の大任を受け、華蔵寺は鎮護国家の道場として開基、延命寺は日光例幣使小休所となった名刹です。
これらの華やかな歴史に思いを馳せながら回ってみるのも面白いかもしれません。
なお、伊勢崎はわが国屈指の酷暑の地です。
夏場の巡拝は熱中症のリスクもあり、要注意です。


【写真 上(左)】 伊勢崎市内から赤城山(夏)
【写真 下(右)】 同(冬)
今回はここまでのご紹介です。
今後札所寺院すべての概要や御朱印のご紹介を考えていますが、新ブログ(はてなブログ)への引っ越し完了後になります。
【 BGM 】
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